先日、あるお客様がオイストラフのレコードを数枚持ってきてくださったのです。それで、それらを聴いていたのですが、ヴァイオリン演奏家の方がいらしたついでに、オイストラフ演奏のベートーヴェンのスプリング・ソナタを聴いてもらったのです。

 そうしたら、「オイストラフのこの演奏は、手本にするためによく聴いていたけれど、全然違いますね」とおっしゃりました。

 彼女も、私が感じた感想と同じで、「もっとソフトで流れるようなイメージ。悪くいうと古い演奏のイメージをもっていました」との事でした。しかし、ELPレーザーターンテーブルで再生したレコードの音は、もっと生々しいのです。現代的なのです。その方は「目の前にいるよう」と表現していました。

 その後、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の「オイストラフ カデンツァ」の弾き方の話になって、かなり専門的なことも教えてもらいました(詳しいことは難しいので理解できませんが)。

 私は何もELPレーザーターンテーブルの宣伝をしているのでも、所有している自慢をしているのではありません。その点は勘違いしないでください。

 何が言いたいのかというと、「オイストラフって、あなたが思っている演奏とは違うかもしれませんよ」という事なのです。これは「コーガン」でも、他の誰かの事でも良いですし、「良いヴァイオリン(またはヴィオラ)の音って・・」という楽器の事にも当てはまるのです。

 皆さんは一生懸命に努力をしています。さらに「頭が良くて」多少のプライドもあります。だから自分の考えに自信がある方がほとんどなのです(私がこれまでに接してきた方から感じる事ですが)。

 それを否定はしません。

 しかし、「それ以外の価値観とか、基準とか、品質もあるかもしれませんよ」という事なのです。これは私自身にも言い聞かせていることです。だから私は色々とチャレンジしているのです。

 山に登ったら、たとえそれが山頂でなくて途中であったとしても、登った人にしか見えない光景とか、空気とか、または感覚があるはずなのです。

 

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