私の工房では、毛替え作業して馬毛が完全に乾燥したら、ほんの少しだけ松ヤニを塗った状態でお渡ししております。
これはプチサービスとかではなくて、お客様の松ヤニと、馬毛を傷めないためなのです。
というのは、真っ新の状態の馬毛というのは、松ヤニが乗りにくいのです。ビックリするくらいツルツルしています。
その状態で急いで馬毛を付けようとすると、松ヤニをゴシゴシ擦りつけてしまって、松ヤニの表面が摩擦熱でツルツル状態に溶けてしまい、ますます松ヤニは乗りにくくなります。そうすると、最悪、馬毛を弓竿に擦りつけてしまったりして傷めてしまいます。
だから私は、松ヤニ塗りの「きっかけ」を作っておくのです。
ちなみに、松ヤニを馬毛表面に塗る仕組みというのは、ペースト状の軟膏を塗るのとは違います。表面がツルツル状態の未使用馬毛で松ヤニ平面を撫でたくらいでは、松ヤニは付着しないのです。
それではどうやって松ヤニを塗るのかというと、次の手順になります。
1.真っ新状態の馬毛を松ヤニ平面に、上手に細かく擦りつけ、うまい具合に松ヤニ粒子を付着させる。この時、強引に大きく動かしてしまうと、摩擦熱で逆に松ヤニが乗りにくくなったり、馬毛を傷めてしまいます。
2.馬毛表面に少量付着した松ヤニ粒子を利用して、松ヤニの平面を削って松ヤニ粒子を生み出し、同時にその粒子を馬毛に付着させていきます。理想的に松ヤニを塗れている時には、カサカサと音がして、抵抗感を感じます。
3.松ヤニが馬毛に付着するほど(馬毛が白くなる)、松ヤニ平面を削り落としやすくなって、松ヤニを塗りやすくなります。ここまでいくと、通常のようにボウイングのように大きく弓を動かして松ヤニを塗っても構いません。
さて本題の、「寒くなってきたので松ヤニが塗りやすい」というのは、夏の暑い時期と、冬の寒い時期では松ヤニ平面の状態が違うのです。理想的な松ヤニ平面は、若干の松ヤニ粒子が転がっている粗い平面状態です。このような状態の松ヤニ平面は艶がありません。
ところが、夏には松ヤニが熱で柔らかくなってしまって、せっかく理想的だった粗めの松ヤニ平面が、溶けてつるつるになってしまうのです。これは目で見ても明らかにその違いがわかります。
こうなってくると、なかなか松ヤニが乗らないのです。通常の練習前の松ヤニ塗りの場合には、既に馬毛表面に大量の松ヤニが付いていますので、あまり不都合は感じないかもしれません。しかし、私のようにつるつる状態の馬毛に松ヤニを付着させる作業を行う場合には、夏期にはけっこう面倒なのです。
それが寒くなってきた途端、とても楽になるのです。
最後に蛇足になりますが、松ヤニの付けすぎは逆に摩擦力がおちるので良くありません。そのような付けすぎ状態のは、演奏中に楽器に雪が降ったように白くなる人です。