歴史書って、勝者が書いています。それに伴って価値観も、勝者の価値観が通ります。

 同じ事は、さまざまな分野にもあてはまります。

 例えば、「読書は良いことだ」という考えは、読書が好きな人、または文系脳の人達、または言語能力に優れた人達が書いた情報であり、そして広めた価値観です。

 だから毎日1~2冊の本を読んでいるという人に対して、「凄いですね!」となるのです。すなわち肯定するのです。なぜならば、文字を書く職業の人(マスコミも含む)は、同類を否定はしないからです。

 同じ事はレコード(CD収)集が趣味のマニアに対して、「そんなに集めて、聴く時間はあるの?」なんて、まともな質問をする同類のマニアはいないのです。

 演奏会も同じです。しょっちゅう、あちこちの演奏会を聴きに行きまくっているマニアに対して、「凄いですね!」ってなるのです。

 たくさんの楽器や弓を所有している人も「凄いですね!」って言われるかも知れません。

 もちろん趣味に対して、誰が何をしようが自由ではあります。

 しかし、自分自身は一人であり、自分自身の時間や脳の容量も限りがあります。だからたくさん本を読めば読むほど、一冊当たりの価値観は薄くなるのです。レコードやCDも同じです。演奏会だって同じです。

 例えば、熱心なキリスト教信者に対して、「聖書は一冊だけでものたりはしませんか?」って尋ねたら、一生涯かけて読み込んでもさらに奥が深いと言うことでしょう。コーランだってそうでしょう。

 何が言いたいのかというと、歴史とか価値観って真実でも真理でも無く、ただ単に勝者、または書くのが得意な人の一側面でしか無いと言うことです。情報や価値観に振り回されてはいけないのです。どっしりした自我を持つ事が大切です。

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