ホールの種類だとか、客席の位置によって楽器の音質変化は全く変わってきます。だから、「遠くの客席では、音質はこう変わる」とは明言できません。

 ただ、「ホールでは音が痩せる」とか、「音が遠くまで届く(痩せない)」とかの表現はよくされます。

 この「音が痩せる」とか「音が遠くまで届く(痩せない)」という表現の物理的な意味に関して、私はずいぶん前から実験したり、考察したり色々していました。例えば20年前には中野ZEROの小ホールを個人で借りて、舞台と客席にマイクロフォンを設置して、その周波数成分を比較したりもしていました。

 だから私の中では、ある程度の答えは出てはいます。ただし、最初にも書きましたように、ホールの性格とか座席の位置でも音質は全く変わってくるので、明言、断言できないのがもどかしいところなのです。そう言った理由から、それらの実験の結果を「それっぽく」レポートとしてまとめることはしませんでした。

 しかし、お客様との会話の中で、「音が痩せる」とか「音が遠くまで届く」とかの表現をした会話をする事も多いのです。さらに「ホールで演奏した時に良い音の楽器とは・・」という会話になることもあるのですが、どうもお客様の理解と、私の理解との間にずれがあるようにも感じます。

 それで今回、ホールの音響特性と楽器の音響特性、そしてそれらの組み合わせについて、ちょっとだけ説明することにします。

 

舞台と客席後方での音質の違い

 下記のリンクの音は、ある演奏者からお借りした音源です。前者は舞台の吊りマイクの音で、後者は座席後方の音です。

 注)ちなみに、今回の記事はこの音源の考察ではありません。あくまで一例として掲載しました。

 

 前者の音は楽器の輪郭がはっきりしているのに対して、後者の音は楽器が奥まっていて、音量も小さく感じると思います。ちなみに、音量は同じになるように調整しています。

 多くの方は、ホールの残響音で直接音がかき消されてしまっていると理解されているようなのです(もちろん、そういった理由もあります)。

 実際には、「どの周波数成分が、客席まで届いているのか?」または、「どの周波数成分が、客席まで届いていないのか?」という話なのです。私はこの考え方を簡易的に実験した動画を以前YouTubeにアップしたことがあります。参考のため、それも視聴してみてください。

 上に掲載した比較音源と似たような変化を感じると思います。

 音楽ホールにおける楽器の音の聞こえ具合(音の変化)を考察するためには、「楽器の特性(特徴)」と「ホールの特性」をそれぞれ別々に観察して、その組み合わせを考えると理解しやすいです。

 最初に掲載した舞台吊りマイクの音(緑)と、客席後方の音(赤)をグラフで重ねて表示してみました(黄は両方が重なった部分)。

 こうして観察してみると、~500Hzくらいまでの比較的低い音は客席後方の方が相対的に大きいです。そして500Hz~2kHzくらいのメイン音域である中音域は、客席の音では減衰してしまっています。そしてそれ以上の高音域は、客席でもそれほど減衰はしていないように感じます。

 このように、客席後方ではメイン周波数である中音域が若干少なくなってしまうことが、「音が痩せる」または「音が届きにくい」と感じる原因なのです。

 

楽器の特性とホールの音響特性の組み合わせ

楽器の特性(特徴)のタイプ
1.箱鳴りのするような柔らかい音の楽器(高域が出ていない)の場合。
2.全域に渡って音が出る、フラットな周波数特性の楽器の場合。
3.音が硬い楽器(高域が出る)の場合。

ホールの音響の特性
1.頑丈な反響板と舞台床のおかげで、低音が出やすい。=バスドラとかコントラバスの低音が聞こえやすい。
2.中音域は吸収されやすい。=遠くに聞こえる。
3.高域成分も中域成分と同じように吸収されるのですが、ダイレクトな音と残響音は残りやすい。=トライアングルとかの音は直線的に届く。

 すなわち、ホールの音響特性は、音の周波数成分によって、届いたり届きにくかったりするのです。だから楽器の特徴によっては、良い感じに聞こえる楽器と、聞こえにくい楽器が出るのです。そして個々のホールの特性とか座席によっても、音の届き方は異なります。

 そういった意味で、「こういう楽器が良い」とは言い切れないのですが、ある程度の答えは出せます。

 例えば、箱鳴りのするような低域しか出ていない “1.” 楽器は、小さな部屋とか、サロンコンサートでは「柔らかくて素敵」という感想を得られるかもしれません。しかしホールでの演奏だと、中~高域の音が元々弱いために、「音が聞こえにくい」という感想になってしまいます。

 次に、”3.” のような音が硬めの楽器(重い楽器)は、小さな部屋での演奏では鼻が詰まったようなキンキンすると感じるでしょう。しかしホールではそのキンキンさが消えて、「音が良く通る」という評価に繋がると思います。
 しかし元々の中低域が少ない音なので、ホールの特性と相まって楽器の箱の音(豊かな音)は感じられないことでしょう。

 それに対して “2.” の全域に渡って音が出ている楽器は、一見(聴)すると音が地味に感じます。これは人間の耳の特性で、平均した周波数特性では音の刺激を感じにくいからなのです。
 しかしこのような全域に渡って音が出る楽器は、ホールの音響特性がどのようであったとしても、どこかの音域は良く通り、またホールの特性で痩せやすい音域の音であったとしても、それなりに音が届くというのが大きな特徴なのです。

 このように楽器の音というのは、演奏者の演奏の能力だけで決まるのでは無く、道具としての科学的な根拠の理由も重要な要素です。演奏者はどうして主観的です。すなわち、演奏している感覚を重要視したり、または慣れた感覚を正当化しがちです。

 しかし、「道具としての科学」という客観性こそが、重要であり、良い演奏への最短距離なのです。

 

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