私がこの業界に入ったときからずっと感じていたのは、この弦楽器系の価値観だとか、考え方の根本が「演奏」というものに縛られているという事です。
もっと具体的に言うと、「(有名な)演奏家」信仰みたいな感じです。これを「芸術」という訳のわからない権威に当てはめて、それを論じることに悦を感じている人がとても多いと感じます。
もちろん優れた演奏者は素晴らしいです。しかし、良い音とは演奏者の技術だけで出るものではないのです。もちろん楽器のラベルの事なんでどうでも良いことです。
例えば「野球」というというスポーツを考えてみてください。
野球には様々なルールがあって、試合をする上で様々な技術や戦術があります。例えば、ダブルプレーを取るためのシフトとか、またはバントで一塁走者を二塁に進塁させるような戦術。数えだしたら切りが無いくらいたくさん存在します。
これらが、弦楽器関連で言えば、「演奏(技術)」なのです。
一方、野球で重要なのは、ルールや戦術だけではありません。もっと重要なのは、「基本運動」です。例えば、「ボールを速く投げる」とか、「ボールを遠くまで投げる」とか、「ボールを遠くまで打つ」とか、さらに「理想的な身体を作る&維持する」とかです。これらって「野球」ではありません。もっと基礎的な事です。しかしそれこそが野球をする上で、重要な部分なのです。
すなわち、野球というスポーツを考えるうえで、「運動の基本的部分」と「野球というルール、戦術的な部分」に分けて、それぞれを追求していくことが重要なのです。
スポーツ界では、このような考え方は当たり前です。
だから様々な分野の専門家がたくさんスポーツ界に関わっているのです。そしてトップアスリートこそ、そのような専門家の技術を理解して、頼りにします。例えば最近では、ドジャースの山本投手の専属トレーナーの矢田氏に脚光が当たっています。
さて話を弦楽器に戻します。
弦楽器関連では、相変わらず「演奏」または「(有名な)演奏家」だけで良い音が作られていると思い込んでいる人がたくさんいるのです。しかし、良い音の本質とは、演奏以外の所に存在するのです。
もっとスポーツ界を見習うべきです。
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