昨日、4/4、母が亡くなりました。感謝したいことがありすぎて、言葉では書ききれません。色々な想い出が頭の中をぐるぐる回っている中で、「Danke Danke Danke」とだけ書かれた手紙が思い浮かびました。
私も、”Danke Danke Danke!” 佐々木朗
以下、以前に書いた文章です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
母からの手紙
私と妻はドイツ滞在中に色々な人たちに親切にしてもらいました。カントゥーシャ家族はもちろんのこと、大家さんのクラーマー(コントラバス製作者)家族、町の人たち、ミュンヒェンの日本人の人達、今でも一人一人顔が浮かぶほどありがたい経験と、出会いがありました。その中の一人、ロスバッハさんという方にもお世話になっていました。彼女はミッテンヴァルト住んでいるおばあさんなのですが、私のドイツ語会話の手助けにと、毎週ドイツ語レッスンと「お茶」に誘ってくれていたのです。結婚後には妻共々、とてもよくしてもらいました。私も日本にいる母も、カントゥーシャ家族やロスバッハさんに感謝の気持ちでいっぱいでした。
ある時、私の母から「ドイツ語でありがとうって何て書くの?」という手紙があったので、私は「Danke」だという返事を書きました。それから少し経ち、いつも通りロスバッハさん宅に行ったときに、一通の国際郵便を見せられたのです。
住所にはミミズのはったような文字で住所とロスバッハさんの名前が書いていました。私の母から、ロスバッハさんへの手紙だったのです。私の母は大正14年生まれで、英語教育などとは縁遠い世代です。もちろんアルファベットさえもスラスラとは書けません。住所は私が教えた文字を、一文字一文字見よう見まねで書いたもだったのです。
ロスバッハさんは封筒から一枚の手紙を取り出して見せてくれました。そこには同じような不格好な文字で
「Danke Danke Danke」
とだけ書かれていたのです。ロスバッハさんは私に「これが本当の”手紙”なんだよ」と言ってくれました。私もそう思いました。私はこのとき初めて「人と人のつながり」というものが本当の意味で見えた気がしました。国通しの距離や言葉の壁は全くない「人の気持ち」、「気持ちを伝えようとする言葉」の本質を知りました。
本当は「国際人教育」に対しての疑問や批判についても、もっと書こうとも思っていたのですが、こうして書いている内にそれも「やぼ」かなと思いだしました。これだけで十分でしょう。
最後に
- 私も周りの人に、心から「Danke Danke Danke」と言えるような人間になりたいです。
関連記事:
- “Danke” und “Bitte” sind die Zauberwörter
- 「ヘフリガー 日本の歌曲を歌う」
- 宗教心とは
- ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲の比較
- バッハのドッペル協奏曲って、以前は盛んに演奏されていたみたいなのに