以前ある有名人が「長い修行をして寿司を握るのはバカげている」みたいな発言をして、ネット上で物議を醸した事がありますが、これは我々弦楽器職人においても同じことが言えるでしょう。

 さて、寿司を握るのに修行が必要なのかどうか?

 答えは、単に「寿司を握る」という行為だけだったら、専用ロボット(機械)でもできるのです。

 逆に、そのロボットが店を経営したり、繁盛する店をつくり出したり、仕入れのノウハウや業界内での繋がりをつくり出すことが出来るのか? また、様々な状況(季節、その日の天候、素材、来客、等々)に対応した最適な高度な握りを追求出来るのか?

 すなわち、重要なのは「寿司を握るという行為の、それ以外の全ての事を学ぶこと」にあるのです。これをどこから学ぶのか?

 ネット上から? それともどこかの親切おじさんが教えてくれるの? そんな都合のいい話は、どこにも転がっていません。

 ロボットがなぜ「寿司を握れる」のかというと、仕入れ、ネタやシャリの準備、機械のプログラミングやセッティング、そして店の運営等々を、別の人が事前に準備しているからこそ「握れる」わけです。すなわち、半年や1年間の寿司握りセミナーで、それができますか? って話です。そんなの、寿司握りロボットと、大して違いはないのです。

 

 これは弦楽器職人においても全く同じです。「修行」とは、わざわざ意味のない苦行をしているわけでは無いのです。意味のあることだけを、実に効率的に行っているのです。

 その意味が判らない人に、いくら説明しても、「修行なんて時代遅れ」としか思わないことでしょう。

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