先ほどテレビで80年代の演奏と思われる、N響の「悲愴」の演奏が流れていました。私の中では、当時のN響の音は素晴らしいと感じていましたが、それが私の想い出から作られたイメージなのか、実際にそうだったのか、とくにそれ以上の考察をすることはありませんでした。

 今日のテレビ放送を見ていて感じたのは、当時のN響の演奏(弦の話しですが)が、私が常に「理にかなっている」と言っている、演奏をしていることです。すなわち、基本に忠実で、物理的に理にかなった演奏が一貫して行われている事実なのです。

 だから、音が良かったのです。想い出として音が良かったのではなく、物理的に、音響的に音が良かったわけです。これは、海外の有名オケのそれと共通しています。

 それが当時の音大の教育レベルの高さから来るものなのか?、当時の音楽人口の裾野の広さから来る演奏者のレベルの高さからくるものなのか?、当時は海外流出が少なかったからのか?、当時の日本の経済的豊かさを背景とした楽器の良さなのか?、N響のコンマスの考え方からなのか? それは私にはわかりませんが、おそらく、その全ての影響もあったと思います。

 もちろん、現在のN響を否定しているわけではありませんので、誤解の無いようお願い致します。

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