「良い音」の定義はありません。答えもありません。個人個人で、考え方も目指すものも異なっています。

 だから、悪い意味での答えを出しやすいのです。

 別の言い方をするののなら、「妥協点」だったり、「逃げ」であったり、「大きな勘違い」だったり、または商業的「情報操作」に流されてしまったりと。

 いずれにせよ、弦楽器演奏の良い音を目指すという事は、難しい事なのです。それは霧の中で歩む道を探すようなものです。しかし冷静になってください。霧の中で目標は遠くて全く見えていなくても、足元の道は見えます。それを地道に正確に辿っていけば、目標に近づくことが出来るのです。

 これが私が常に主張している「理」です。そして「理」をつなげていく行為です。

 話を少し戻すと、多くの方は自分の(楽器の)音に妥協していたり、またはその逆に根拠も無い過剰な自信をもっていたりさまざまです。

 「良い音」には答えは無いのですが、しかし「音響」にはある程度の答えがあります。すなわちオーディオは弦楽器の縮小版という考え方なのです。だから私は、演奏者にもっとオーディオに拘るべきと推奨しているのです。

 趣味としてのオーディオではなくて、演奏者としてのオーディオなのです。

 例えば私の工房のオーディオの音を聴いて、多くの方が「コントラバスの音が聞こえる」とか、「ピッツィカートが綺麗」とか、「まるで楽器が見えるよう」とか感想を述べられます。または「弓のスピードが見える」という方もいらっしゃいます。

 これって、音響的に優れているから感じる事ができる事なのです。逆の事も言えて、スマホで適当に再生しただけの音楽からは、メロディーラインくらいしか感じる事はできません。しかし多くのクラシックマニアはそれだけで酔いしれて、さらに雄弁に演奏(者)を語っているのが現状です(ネット上に上がっているCDとかのレビューの雄弁さ!評論家きどりです)。

 さて、オーディオを追求していくと、「良い音の要素」が判ってくるのです。そうすると、自分の楽器にもそれが当てはまるという事にも気づきます。

 そうして向上心、好奇心、探究心が芽生えるのです。

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