少し前の事になりますが、工房に2本のヴァイオリンが調整にきていました(共に同じ所有者の楽器で、内1本は私の工房でお売りしたヴァイオリンです)。この両方の楽器は共に私が本気の調整をしていているので、楽器の性能はきちんと出ています。
最初の楽器はちょっと厚めの楽器なので、エヴァピラッツィ弦で調整しています。おそらく10人がこの楽器を弾いたら、10人とも「音がとても出ている!」と思うことでしょう。そしてもう一本の楽器(こちらはドミナントで調整)は、弾いた瞬間は「あれっ?音があまり出ていないのでは?」と感じるかも知れません。
ところが、聴いている人は全く逆の感想を持つのです。後者のヴァイオリンの方が音が出ているのです。そして表現力(ダイナミックレンジ)も高いことも直ぐに判別できるはずです。
このように、楽器の音の出方は、演奏者の感じる感覚、すなわち耳元の響きとはイコールではありません。逆に、良い楽器ほど耳元の響きは上品です。しかしそれに反して、外には大きく響くのです。
補足
「耳元で大きな音がする楽器が悪い」とか「耳元で音が小さい楽器が良い」とか、単純にそういう意味ではありませんので、ご注意ください。言えるとしたら、「良くない楽器とは、耳元で大きく聞こえるのに、実際には音が出ていない楽器」、または「耳元でも音が出ていないで、実際にも音が出ていない楽器」です。