私が工房を開業した直後から今に至るまで、「弓の性能の理論」の考え方は一貫して変わっていません。そういった意味では、私の「お勧めの弓」は一貫してぶれてはいないつもりです。

 それでは何が「変わった」のかというと、お勧めする弓の「性能」というか「価格」なのです。

 私が工房を開業した当時は、私は「安くて、しかし実用十分に性能が良い弓」を勧める方がお客様が喜んでくださるので、低価格帯(時代が違うので、今の弓よりも性能が高い事は確かですが)の弓も信念のもとに積極的に勧めていました。もちろん、当時の、私が仕入れたより高い価格帯の弓は、もっと性能が高いのは当然です。

 ところが、それから10年、20年経つ内に「それで良かったのか?」、「それが本当にお客様のために最善のお勧めだったのか?」と、疑問を持つようになってきたのです。

 というのは、私が当時お勧めした低価格帯(20万円前後)の弓は、その価格の割にはとても性能が良いものです。従って、購入してくださったお客様は今でも満足して使われているのです。それが問題なのです。

 演奏の上手なお客様に、その程度の弓の性能で満足させてしまったのです。もっと言うならば、そのお客様の能力を殺してしまったのは、そのレベルの性能の弓(とは言っても、一般的に数百万円とかで売買されている弓よりは、はるかに実性能は高いです)を勧めた私なのかもしれないのです。

 その後、「もう10年経ったので、十分元は取れたと思うので、もっと性能の良い弓にグレードアップされては?」とお勧めしたのに、「いや、この弓が気に入っているので・・」と言う方が多いのです。自分が勧めた弓なので、嬉しい反面、それで良かったのかという反省もあります。

 だから最近では、最初からもっと価格帯の高い弓をお勧めすることがほとんどなのです。私の工房にいらして、10万円とか20万円とかの弓をお勧めしないのは、そういう「長期的にみて、お客様に損をさせたくない」という私の考え方によるものなのです。

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