私の工房で楽器や弓を試奏させるときには、単に弾かせるのではなく、事前に「どのような事に意味があるのか。どのような部分を意識すべきなのか」を説明した上で試奏して貰います。

 しかしそれでも、すぐに「こちらの方が音色が」と言い出す人が多いのです。どうやら多くのお客様の価値判断は、 “自分に心地よい音色” のようなのです。
 だから、自分の好みの音色の楽器や弓に遭遇すると、ビビッとしたものを感じてしまい、買ってしまうのです。

 しかし、その”自分に心地よい音色” って微妙なことがほとんどです。性能の低い自分の楽器が基準になっていることが多いからです。また逆に、楽器自体が悪くて音が出ていなかったり、または音のバランスが悪かったりしていても、”音色”が自分の好み(大した根拠のある”好み”でもないのです)だと、よく感じてしまうものなのです。第一、調整によっても(表面的な)音色はずいぶん違ってくるものです。また、それ以前に、弓の性能が悪ければ楽器の”表面な音”しか発することが原理的に不可能なのに、それさえも知らないで試奏している方がほとんどなのです。

 弓においてもそうです。弓の本当に重要な要素を私がいくら説明しても、「こちらの弓の音色の方が・・」とか言い出す人が多いのですが、そんなのは毛の状態とか松脂の状態でいくらでも変わってきます。

 こう言うと、自分に自信のある方はカチンとくるかもしれませんが、あまり自分の感覚を過信すべきではありません。その証拠に、とても上手な方が(プロ、アマチュア奏者関係なく)変な楽器や弓を、良いつもりで購入してしまうことなんて、なんの珍しいことでもないからです。そして、購入後に「失敗した」と気づくわけです(長年、気づかない人さえ多いのですが)。

 何が言いたいかというと、重要なのは「音色」ではなく、もっと基本的な、物理的、構造的な内容であるということなのです。

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