私の弟子教育では、「修業期間に、良い道具を揃えること」を一番の課題としています。一般的には、最初はほどほどの道具を使い、慣れてきたら(独立したら)徐々に高価な良い道具を自分で揃えていくというが普通だと思います。しかし、私はそれは時間とお金の無駄だと思っています。
なぜ、最初から良い道具を揃えるべきなのか?
- 単純に、道具としての性能が高いのです。例えば、刃物で言えば、同じように研いだとしても刃が付きやすかったり(研ぎやすかったり)、または同じノコギリでも良い道具の方が切れやすかったり、または真っ直ぐに切ることが出来たり、道具の物理的な性能が優れています。切れない道具で無理な作業を行ってしまうと、変な癖が付いてしまったり、大怪我をしてしまう事もあります。
- 物理的に優れた道具を使って作業するということは、すなわち効率の良い修業、すなわち人生の貴重な時間の有効活用とも言えます。
- 良い道具は、きちんとした職人が責任を持って作っていることがほとんどなので、長年の使用において壊れにくいですし、傷んだとしても修理も効きやすいのです。
- 上と同じ内容ですが、高価な道具は不具合が生じたときに、お金をかけてでも修理をして引き続き使い続けたいという気持ちになります。いわゆる使い捨てではありません。
- 性能の高い道具は、結果的に長年使い続けることになります。そすると、その道具がまるで自分の手足のようになるのです。これはすなわち、技術力の高さを表します。
- 同じ道具を長年使い続けることができるということは、すなわち金銭的な意味でも無駄な出費をしなくて良いということであるのです。
- 普段から良い道具を使っていると、「高性能(高精度)」というものが見えてきます。それによって、より高い技術を追求できたり、またはより性能の高い物(音もその一つです)に興味が持てるようになるのです。すなわち、自分自身の感覚の標準値を高く置くことができるのです。
ここで「刃物」とか言われても、皆さんにはピンとこないかもしれません。しかし例えば、ネジ回し用の「ドライバー」を例に取ってみましょう。ドライバーなら皆さんにも馴染み深く、家庭に一つくらいはあると思います。このネジ回しドライバーにおいても、普段から良い(精度の高い)ドライバーを使っている人は、100均で売られているような安物のドライバーを見ると、見ただけで「うわっ、酷いなあ。こんなのではネジ山を傷めてしまうよ」って、一瞬見ただけで本当にそう感じるのです。逆に、きちんとしたドライバーを最初から買っておけば、ほぼ一生、調子良く使えるのです。
このように「良い道具を揃えること」はとても重要な事なのです。私の工房での弟子教育において「お金が掛かります」と説明するのも、このためです。お金はかけないで、都合の良いものだけを求めているような人は、私はそんな魔法のような教育はできません。他を当たってください。
今回は職人においての道具の事を書きましたが、これはそのまま「楽器」にも当てはまることだと思います。