ここ数年、日本刀女子がとても多いらしいです。どうやらアニメの影響らしいですが、日本刀の特別展示会に、若い女性達が押し寄せているらしいのです。
私はこの状況に、二つの不安を感じます。
- 日本刀を美化している
私は日本刀を見たときに、それが高性能な「刃物」とか「道具」としか見えないのです。すなわち、日本刀の向こうには、その目的しか見えてきません。それは何かというと、人の首を斬る光景です。
逆の事も言えて、よい道具、または高度な技術力というのは、目的がはっきりしていなければ、きれい事だけでは作り上げることはできません。 - 技術を軽視している
1. で述べた事と同じかもしれませんが、本来の製品技術や製品目的と、商業的に作り上げられた虚像とを混在させて、夢の中で遊んでいるようにしか思えません。それは現物に興味が無いというのか、現実逃避しているというのか、なにか物に対しての執着心がないように感じるのです。
例えばハサミが目の前に有ったときに、その道具としての性能よりも、デザインとか可愛らしさとか、ブランドだとか、値段の安さばかりが追い求められているように感じるのです。本来のハサミの目的は、いかに快適に、美しく切ることができるかです。
日本刀の技術が、日本を代表するような凄い技術だという事は、私も刃物を使う職業だけに理解しているつもりです。だからこそ、私はその日本刀をどう理解してよいのか、常に困惑しています。
日本刀の展示会で安易にキャーキャー言うべきではありません。私は日本刀を見ると、怖くなって震えてきます。極論ですが、武器展示会でキャーキャー言えますか? または原爆の爆弾を目の前にして、震えてきませんか?
あくまでも私の考えですが、刃物は実用品です。そして実用品でない刃物は、よい刃物ではありません。
関連記事:
- 「日本刀」の続き
- 日本刀の作品展を見に行きました
- 確かに、「良い楽器とは切れる包丁のようなもの」、と言う例えは的を射ているかも
- 的を射た「狙った調整」ほど、 時間が経つと調整の崩れを感じます
- こうも高齢者による事故が多いと、「高齢者限定免許証」を急ぐ必要があると感じます