私は長年、さまざまな方向からヴァイオリンの音響研究(論文を書きませんので、研究というよりは科学的アプローチ)を行ってきました。
ところが、意外に思われるかもしれませんが、楽器の音を科学的に、客観的に把握するというのはとても難しいことなのでです。
例えば、答えの出ている問題を論評するのは簡単です。例えば、ストラディヴァリという楽器の音響計測をして、「ストラディヴァリの特徴は・・・」なんていうのは、誰にでもできるのです。そして、そういう事を行うと、話題にもなります。
ところが、単なる一枚の(または数枚の)計測グラフを見せられて、目の前に並べられている100本のヴァイオリンからこのグラフの楽器を選び出せと言われたら、それを100%の確率で成し遂げられる自信はありません(例えば、100人の中から自分の家族を選び出せと言われたら100%できますよね?)。
すなわち、楽器の音響的な音色(感情的な音色とは異なります)を、客観的に把握することは難しいことなのです。
これは、つい先日聴き比べた、ルジェロ・リッチ演奏によるヴァイオリンの弾き比べレコード・CDにおいても実感しました。楽器が変わっても、同じ演奏家が弾いていると、楽器の変化はさほど重要ではないとさえ感じてしまうのです。そのCD(またはLP)を流し聴きしているときなどは、それぞれの曲において楽器が変わったと言うことをすっかり忘れてしまっているくらいです。
そのくらい、聴く側にとって、楽器の音響的な意味での音色は、さほど重要ではないのかもしれません。楽器専門家の私としては、言いたくはない言葉ですが。極端なことを言えば、程度の低い楽器でも、名人が演奏していたら、その音に気づく人は少ないかもしません。「あれっ?今日はちょっと調子が悪いのかな?」くらいにしか思われないかもしれません。
それでは、楽器は何でもよいのか?というと、そんな事を言っているわけではありません。
確実に、音響的な差はあります。
一番違うのは、演奏者側が感じる違いです。これは、聴衆者側が感じる10倍とか、100倍もの違いを感じることでしょう。
良い楽器とは、弾きやすく、音程を感じやすく、疲れにくく、表現しやすく、そして自分の気分を高揚させてくれます。
その、「聴衆側ではなくて、演奏者側の音響研究」が私の一番の課題なのです。そこの尻尾がなかなか掴みきれないのです。
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