私は常に、「理にかなった」とか、「科学的に」とか、または「物理」とかいう言葉を強調、主張します。
中には「物理学を知りもしない職人のお前が、偉そうなことを言えるのか?」と思われる方もいらっしゃることでしょう。
その通りです。私は物理学のことは全く判りません。事実、大学だって出ていません。
それではなぜ、そんな私が「理」とか「物理的」とか「科学的」とかいう言葉を言えるかというと、「科学的」と「学問的」とは違うからです。ここを勘違いしている人がとても多いのです。
私の主張している「理」とは、ブラックボックス的なブロックを言葉で繋いでいくという行為です。一つ一つのブロックはブラックボックスですが、インプットとアウトプットが定まっていれば、それを繋いでいくことは「理」と言えるのです。
一方、物理学という学問とは、数学的な根拠の元に矛盾無く理論を構築する行為です。すなわち、「数学的」でなければいけないのです。ブラックボックスというものがあってはいけないのです。
ところが、物理学という学問として弦楽器と捉えようとすると、いきなり数多くの矛盾点が吹き出てしまいます。
・そもそも目指す「良い音」って何なのか?
・使用される木材の特性は特定されているのか?
・複雑で膨大な数の弦楽器の部品と、その組み合わせを知り尽くしている研究者がそもそもいるのか?
・楽器を高度な技術力をもって扱ったり、セッティングできる研究者がそもそもいるのか?
・演奏者側の理論自体がそもそも理解されているのか?
例えば魂柱のセッティング一つとっても、もの凄く複雑です。魂柱という棒の位置関係だけでなく、そこに木材の素材、楽器本体の特性、加工技術力、弦の種類、弓の圧力や摩擦力、調整後の求める安定性など複雑な要因が加わって、はじめて魂柱のセッティング(フィッティング)となるのです。魂柱一本だけで、すでにこの難しさです。さらに、駒が、響板が、弦の物理特性が・・等々、様々な要因がかけ算として加わってきます。
一言で言えば、ヴァイオリンという楽器を本当の意味で学問的に研究しようとしたら、「ヴァイオリン全体の研究はできない」のです。これは人体と同じです。
強調しておきたいのは、私は「ヴァイオリンは物理学で研究できない」とは全く言っていませんよ。ここだけは誤解の無いようお願いします。
「ヴァイオリンを物理学問的に研究するのは、とても長い道のりが必要で、まずは基本的な細かい部分の地道な研究を積み上げなくてはなりません」
しかし、ヴァイオリンの基礎研究なんて求めている人はほとんどいないのです。だから多くの研究は手っ取り早く、「ストラディヴァリの音を解析しました!」という結果ありきの研究をしてしまいがちなのです。
ずいぶん前に、あるヴァイオリンの研究を行っている研究者と話をする機会があって、「研究のレベルが低すぎるし、見当外れで浅はかすぎる」という指摘をしたら、「いや~、とりあえずの結果をださないと予算も出ないのですよ」との話でした。
くだらない。
もう一度言います。私は「物理学」とか「物理学者(音響学者)」の事を否定しているのではありません。私は言いたいのは、「物理学という学問では、弦楽器はそう簡単に説明できない」という事です。そしてその一方で、「科学的考えかた」とか「理にかなった」という言葉で、弦楽器全体を捉えることは決して程度が低いことではないという事なのです。
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