多くの方が、上手な演奏の向こう側に、「良い音」が有ると思い込んでいます。だからプロの演奏者もちろんのこと、アマチュアの演奏者も練習に熱心です。人生の多くの時間を「演奏」だとか「レッスン」に費やしている人も多いです。

 もちろん、練習や演奏は重要です。しかし、それが「良い音」に直結していると思ったら、それは見当外れです。

 例えば話を少し変えて、CDだとかの音楽を聴いて楽しむ事を想像してみてください。

 多くの音楽愛好家は、「音楽」だとか「演奏」を聴くのが目的です。例えば、「ベートーヴァンのこの曲が好き・・。」とか、「**指揮の、XXオケの演奏が素敵・・。」とか。殆どの方の価値観は、これら二つの要素です。

 しかし実際には、それ以外にも「音響」の要素も大きいのです。これは私の工房で多くの方が体験していることですが、良い音響装置で再生された音楽は、それまで自分が感じていたイメージとは全く異なるのです。

 それなのに、多くの方はオーディオ装置に拘ることをしません。なぜならば、それは「オーディオ趣味」の話であって、より高尚な「音楽」とは別物だと思い込んでいるからなのです。

 私からすると、それは単なる「逃げ」でしかないと感じています。「オーディオ装置」を導入して、それで聴くのが面倒なだけなのです。

 話を本題に戻します。演奏も全く同じなのです。

 「演奏」という自分の行動だけでなく、「音響」も同じくらい重要です。それでは「音響」とな何か? というと、もちろん良い道具(高価な楽器や弓)の事もありますが、その基礎となる物理的「理」なのです。せっかく高価な楽器を購入しても、それが見当外れなんて事も多くある世界です。

 筋が通っていなければ、正しい「音響的効果」は生まれません。だから、それを教えてもらいに専門家を訪ねる努力をしなければならないのです。

 ネットで検索しているようではダメですし、AIに質問してようでは「蔓延しているネット情報」程度の事しか得ることは出来ないことでしょう。

 重要なのは「人」であって、そこを起点として様々な縁をたぐり寄せるのです。それがその人の能力で有り、その人の「音」に繋がります。

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